一般社団法人 金沢わくわくランド

スタッフ紹介

代表・林勝

昭和16年12月17日 金沢市に生まれる
昭和35年 3月 石川県立金沢泉丘高校卒業
昭和35年 4月 同和火災海上保険(株)入社
昭和42年 7月 奥工業(株)設立 取締役就任
平成 6年10月 (有)ハヤシコーポレーション設立
平成20年 3月 県板硝子商工協同組合事務局長
平成29年12月 金沢わくわくランド代表就任

人生を振り返って見ると、何よりも私は良き「恩師・友人・知人」に恵まれました。
中学校・高校時代の先生に恵まれ、社会人になって政治家は故奥田敬和代議士、宗教界では奈良東大寺長老 故清水公照師、経済界では故瀬島龍三伊藤忠商事会長、芸術界では人間国宝の蒔絵師故大場松魚先生、陶芸の文化功労者大樋長左衛門先生など本当に多くの方々に懇意にして頂き、直接ご指導を頂きました。
76年の人生にはいろんなことを自ら体験しました。嬉しかった、苦しかった体験を活かします。
経済的には大きな財産を残すことはありませんでしたが、子供や孫と共に小さな幸せがあり、まずまずの健康状態を保ち、未来の子供たちに「夢と希望」を持てる社会創りが私の最後の仕事かと思い、私の唯一の財産である「心の暖かい人脈」を駆使して、障がい者と高齢者が力を合わせて築く「金沢わくわくランド」に全力を尽くします。

副代表・上野優子

金沢市生まれ
平成3年 石川県立松任農業高校卒業(現 翠星高校)
卒業式の翌日から社会福祉法人福寿会入社。
特別養護老人施設で老人介護を従事した後、
障がい者にも理解を示す為、 白山市と野々市の
社会福祉協議会にてサービス提供責任者として
老人介護を始め精神疾患、産後安心ヘルパー等の福祉事業に約26年携わる。

(有資格)
・介護福祉士 ・重度訪問介護従事者 ・応急手当普及員 ・防災士 ・大型特殊免許 ・災害ボランティアコーディネーター ・玉掛け ・伐採等の業務(チェンソー)
(所属団体)
・白山市北消防団女性分団
・白山.野々市災害ボランティア会(副会長)
(その他)
・石川県危機対策課防災グループ 災害教訓語り部出前講座 講師

4児の母であり障がい児も抱えています。
誰の為に誰に繋がり誰と繋がっていくのか?
アンテナを立てながら情報発信と共有に努め、同じ境遇の方々と共に子供達の明るい未来の為に、 人との繋がりを大切にしたいと思っています。

理事・竹内信孝

北陸自動車道沿に、オンリーワン行政推進による「美川 県一の町」の広告塔を設置し、皇族来町全国一を達成した「小さな町の大きな街づくり」の実践行動派町長(4期連続無投票当選)。現在、生涯学習、教育全般(中高年教養講座)地方政治家研修などに尽力中。


■職歴・経歴
1942年 石川県生まれ
1961年 石川県立小松高校卒業
1961年 日樽産業(株)入社
1965年 美川町青年団協議会々長
1971年 美川町議会議員当選(以降6期連続当選)
1974年 美川刺繍工芸(株)設立代表取締役
1987年 美川町議会議長(1991年8月迄2期)
1991年 美川町長当選(2005年合併迄4期連続無投票当選)
2000年 日本の渚全国協議会々長
2004年 美川特区アットマーク国際高等学校設置者・特別顧問就任

■現職
・日本の観光を考える百人委員会委員
・石川県マレットゴルフ協会々長
・白山市観光物産協会々長
・美川特区アットマーク国際高等学校特別顧問及び設置者
・石川県人心緑化協会々長
・白山市手をつなぐ育成会々長
・美川文化協会々長
・NPO法人美川あんずの家理事長
・石川県バドミントン協会顧問

講演タイトル例

人のふり見て我が振りわからん

他人を見る眼は2.0 自分を見る眼は0.1 すべての人間社会の生き方、暮らし方は「人のふり見て我が振りわからん。だから、直らん」の世界であり、ヤル気、根気、負けん気の気力創成を狙いどころとします。